江戸時代を知っている僕
小さい頃遊び場といえば近所にある(原っぱ)だったそこにムシロを敷いて日がな一日遊んでいた。午後3時位になると近所のヤクザの親分が風呂屋の一番湯に行くために側を通りしなに声をかけてくれた。いつも着流しで更級の腹巻きをして小刀を忍ばせ眼光鋭かった。僕のことを若(わか)と言ったり若旦那(ばかだんな、またはワカランナ)と言ったりしていた。田んぼには稲穂が国道1号線も舗装されておらず道幅も狭く江戸時代のまま、そこを田畑で仕事を終えた農耕馬や牛が通る。馬糞もそのままにして。夕焼け空に鳥達がネグラに帰る頃、猟銃を肩に腰にキジをぶら下げて酒屋のお爺さんがご帰還。喧嘩早いのが玉にキズのお爺さん、大山講に行き夜中に喧嘩をして歩いて戸塚まで帰って来たという武勇伝の持ち主。また朝もやが立ち込める早朝決まった時間に鶴見から自転車で!アサリ屋さんが来た。アサリの剥き身を木枠のついた網の上にキレイに並べてあった。アミの佃煮も美味しかった。まだ鶴見が漁村で磯子の浜は漁師がいて江戸時代と変わらぬ漁の仕方だったのだろうね。早朝はもうひとつ、藁に包まれた、納豆。やはり自
転車に乗って来ていた。そして数年後この登場人物達が表舞台から下手へ去ると、原っぱが消え鶴見や磯子の浜が工業団地になり、江戸時代が終わりました。

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